大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成5年(ワ)1364号 判決 1995年11月01日

原告

佐々木伸一

被告

鎌尾利道

主文

一  被告は、原告に対し、金二二三万二九七九円及びこれに対する平成二年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金八九八万八四五七円及びこれに対する平成二年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故により負傷した原告が、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、後記交通事故の発生した日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

二  争いのない事実

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 発生日時

平成二年一二月一七日午前七時四五分ころ

(二) 発生場所

神戸市須磨区友が丘七丁目三番六号先 信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 争いのない範囲の事故態様

本件交差点は、南北道路と本件交差点から東へ向かう道路との三叉路であり、本件交差点北側の南北道路は、片側二車線、両側合計四車線である。

被告は、普通乗用自動車(川崎五六た五四〇七。以下「被告車両」という。)を運転して、本件交差点に至る南北道路の南行き第二車線(道路中央側の車両通行帯。以下同様。)を北から南に進行し、本件交差点北側の停止線で赤信号にしたがつて停止した。そして、南北方向の信号が青色に変わつた後、本件交差点に進入して北に向かつて右回りに転回し、その直後に道路外西側のガソリンスタンドに向かつて左折するために、北行き第一車線(道路路端側の車両通行帯。以下同様。)に停止した。

他方、原告は、原動機付自転車(神戸須な八二五一。以下「原告車両」という。)を運転して、本件交差点に至る南北道路の北行き第一車線を南から北に進行し、本件交差点の約六〇メートル南にある交差点で赤信号にしたがつて停止した。そして、同交差点の南北方向の信号が青色に変わつた後、発進し、本件交差点を南から北に直進しようとしたところ、前方に被告車両を認め、回避措置を講じたが及ばず、本件交差点北側で、原告車両の前部と被告車両の後部とが衝突した。

2  責任原因

被告は被告車両の運行供用者である。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  被告の主張する自賠法三条但書所定の免責の抗弁の成否

2  過失相殺

3  原告の損害額

四  争点1(免責の抗弁)及び争点2(過失相殺)に関する当事者の主張

1  被告

本件事故の態様はおおむね次のとおりであり、被告には過失がなく、本件事故は原告の一方的な過失により起きたものであるから、自賠法三条但書により、被告には原告の損害を賠償する責任はない。

また、仮に、被告に何らかの過失が存在したとしても、原告には重大な過失があるから、相応の過失相殺がされるべきである。

(一) 被告は、本件交差点を青信号で発進する際、対向北行き車線に被告と同じガソリンスタンドに向かつて進行してくる車両(以下「訴外車両」という。)及び約六〇メートル南にある交差点で停止する原告車両等を確認していた。

そして、原告車両等との距離から、対向車両の走行を妨げることなく本件交差点を右回りに転回し、訴外車両に引き続いてガソリンスタンドに入ることができると判断したものである。

ところが、実際には、訴外車両がガソリンスタンド手前で停止したため、被告車両も北行き第一車線で停止するのやむなきに至つた。

しかし、被告としては、このように訴外車両が停止することを予測することができず、被告の右判断には何ら過失はない。

(二) 他方、原告は、本件交差点の南にある交差点から発進した後、前方を注視せず、しかも、最高速度を超える速度で原告車両を運転し、完全に停止していた被告車両の後部に追突しできた。

したがつて、原告に重大な過失があることは明らかである。

2  原告

本件事故の態様はおおむね次のとおりであり、原告には過失がないから、被告の免責の抗弁及び過失相殺の抗弁は失当である。

なお、仮に、原告に何らかの過失が存在したとしても、その割合は二〇パーセントを超えることはない。

(一) 仮に、被告主張の本件事故直前の認識が事実に合致するとしても、交差点内では右折する車両と対向直進する車両とでは後者が優先するのであるから、被告は、対向直進車両の安全を確認した上で転回すべき注意義務があつた。

ところが、被告は、訴外車両に続いてガソリンスタンドに入ることができるものと軽信し、この誤つた判断のために、北行き第一車線に被告車両を停止させ、もつて、対向直進する原告車両の進行を妨害したものである。

したがつて、被告に、過失がないとはいえないことは明らかである。

(二) 原告は、本件交差点の南にある交差点から発進した後、第一車線を同時に発進して走行中の普通乗用自動車と時速約四〇キロメートルで並進し、本件交差点内で右普通乗用自動車の前方に出た時、本件交差点を右回りに転回している被告車両を前方約六・一メートルの地点に発見した。

そして、直進車両の運転者としては、その進行を妨害してまで対向車線から転回してくる車両があることは全く予測することができないから、原告には過失は存在しない。

第三争点に対する判断

一  争点1(免責の抗弁)

1  乙第一、第二号証、原告及び被告の各本人尋問の結果、調査嘱託の結果(調査嘱託に対する回答文書が乙第三号証の一及び二である。)によると、本件交通事故直前の原告車両及び被告車両の動向等に関して、前記争いのない事実のほかに、次の事実を認めることができる(なお、被告は、調査嘱託に対する回答は、本件交差点ではない場所に関するものである旨主張するが、右回答と乙第一号証の中の交通事故現場見取図二枚とは、方角、信号の位置、交差点の種類がすべて一致しており、右回答は、本件交差点及びその南にある交差点に関するものであることが認められる。)。

(一) 被告は、被告車両を運転して、本件交差点の北側の停止線で赤信号にしたがつて停止したが、この際、南行き第二車線の停止車両の列の先頭であつた。

本件交差点は、南方向の見通しがよく、被告は、右停止中、約六〇メートル南にある交差点の北行き車線に原告車両及びその他の車両が停止しているのを確認した。また、右交差点に西から進入し、左折して対向車線を本件交差点に向かつて北に進行してくる訴外車両を認めた。

なお、本件交差点から北側には中央分離帯が設けられており、本件交差点の北側手前の停止線から約九メートル直進して本件交差点内に進入した後でなければ、右折することはできない。

(二) 本件交差点の北行き方向の車両用信号は、南行き方向の車両用信号よりも一〇秒早く青色に変わり、訴外車両は被告車両が停止中に本件交差点に進入し、本件交差点の道路外西側のガソリンスタンドに向かつて左折しようとしていた。

ちようどそのころ、本件交差点の南行き方向の車両用信号が青色に変わり、被告は、原告車両等との距離から、対向車両の走行を妨げることなく本件交差点を右回りに転回し、訴外車両に引き続いてガソリンスタンドに入ることができると判断して、時速約一〇キロメートルで、右回りに転回を開始した。

しかし、訴外車両がガソリンスタンドに入るのに手間どり、被告車両は、北行き第一車線をふさぐような形で、斜めに停止した。

(三) 本件交差点の南行き方向の車両用信号と、本件交差点の南にある交差点の北行き方向の車両用信号とは、同時に青色に変わる。

そして、原告車両は、本件交差点の南にある交差点から、青信号にしたがつて発進し、第一車線を同時に発進して走行中の普通乗用自動車と時速約四〇キロメートルで同一車線内で並進し、本件交差点内で右普通乗用自動車の前方に出た時、本件交差点を右回りに転回している被告車両を前方約六・一メートルの地点に発見した。なお、この時、被告車両は、北行き第二車線にまだその後部を残したままであつた。

そして、原告は、直ちに回避措置を講じたが及ばず、北行き第一車線上で、原告車両と被告車両とは衝突した。

なお、被告は、原告車両が衝突してくるまで、又はその直前まで、その存在に気づいていなかつた。

2  右認定事実を前提に、被告の過失の有無を検討する。

(一) 右認定のとおり、被告は、赤信号で停止中に対向車線を確認し、約六〇メートル南にある交差点で停止している原告車両等及び本件交差点に向かつて北に進行してくる訴外車両を認めているが、乙第一号証の中にある実況見分調書及び被告の供述を録取した被疑者供述調書並びに被告本人尋問の結果をはじめ、本件全証拠によつても、被告が、その後、転回を開始するまでの間及び転回中に対向車線を確認した旨の部分はない。また、右認定のとおり、被告は、原告車両が衝突してくるまで、又はその直前まで、その存在に気づいていなかつた。

したがつて、被告は、停止中に、訴外車両に続いてガソリンスタンドに入ることができるものと判断し、その後は、対向車線に特に注意を払つていなかつたと推認することができる。

(二) ところで、右認定のとおり、本件交差点から北側には中央分離帯が設けられており、本件交差点の北側手前の停止線から約九メートル直進して本件交差点内に進入した後でなければ右折することができなかつたこと、原告車両と被告車両とは同時に青色に変わる信号にしたがつて発進したこと、被告車両の転回中の速度は時速約一〇キロメートルであつたのに対し、原告車両の本件事故直前の速度は時速約四〇キロメートルであつたことが認められ、これらによると、被告車両が停止線から約九メートル直進した後、右回りに転回を開始した時点では、原告車両は、本件交差点に相当接近していたことを推認することができる。

また、右認定の、原告が被告車両を認めた状況によると、原告車両と被告車両が衝突したのは、被告車両が北行き第一車線をふさぐような形で斜めに停止した直後であることを推認することができる。

(三) (一)及び(二)によると、被告は、本件交差点を転回するにあつては、対向車両の有無及びその安全を確認して転回すべき注意義務があるのにこれを怠り、停止中の判断のみにしたがつて、転回直前及び転回中は右注意義務をまつたく尽くさず、漫然と時速約一〇キロメートルで転回し、対向直進車両の進行を妨害したというべきであるから、被告の免責の抗弁は理由がない。

二  争点2(過失相殺)

1  争点1に対する判断で認定したとおり、原告車両は、本件交差点の南にある交差点から発進した後、第一車線を同時に発進して走行中の普通乗用自動車と時速約四〇キロメートルで同一車線内で並進し、本件交差点内で右普通乗用自動車の前方に出たことが認められるが、このような原動機付自転車の走行方法は、自車にとつても他車にとつても、非常に危険な走行方法である。

本件においても、原告は、このような走行方法をとつたため、進行方向前方の安全を十分に確認することができず、見通しのよい道路でありながら、転回している被告車両を前方約六・一メートルの地点に達するまで発見することができなかつたというべきである。

また、原動機付自転車の最高速度は三〇キロメートル毎時であるから(道路交通法二二条一項、同法施行令一一条)、原告車両の速度はこれを超えており、右速度違反が原告の本件事故の回避措置に影響を与えたことも明らかである。

2  他方、被告には、争点1に対する判断で判示した過失があるところ、転回は、対向直進車両の進行を妨害する可能性が大きく、進路変更や右折と比べても、これを行うのに要求される注意義務は高いというべきである。

3  そして、原告と被告の右各過失を対比すると、本件事故に対する過失の割合を、原告が二五パーセント、被告が七五パーセントとするのが相当である。

三  争点3(損害額)

争点3に関し、原告は、別表の請求額欄記載のとおり主張する。これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容額欄記載の金額を、原告の損害として認める。

1  原告の受傷内容、治療経過等

まず、損害額算定の基礎となるべき原告の受傷内容、治療経過等について判断する。

(一) 甲第二号証の一及び二によると、原告は、右大腿骨転子間骨折、左下肢打撲挫傷の診断の下に、慈恵病院に、次のとおり、入通院したことが認められる(入院期間合計一九四日、実通院日数合計二〇五日)。

(1) 平成二年一二月一七日から平成三年六月九日まで入院(入院期間一七五日)

(2) 同月一〇日から平成四年一月二〇日まで通院(実通院日数一八四日)

(3) 同月二一日から同年二月八日まで入院(入院期間一九日)

(4) 同月九日から同年六月一七日まで通院(実通院日数二一日)

(二) 甲第三号証(自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書)によると、原告は、平成四年六月一七日、右大腿骨転子間骨折、筋膜性腰痛症により症状固定の診断がされたことが認められる。

そして、乙第六号証、鑑定の結果によると、右後遺障害は、自賠法施行令別表一四級一〇号に相当することが認められる(なお、自動車損害賠償責任保険における査定とは異なり、訴訟においては、該当級により機械的に労働能力喪失の割合や慰謝料の金額等が定まるものではなく、裁判所は、個々の事例において具体的に妥当な損害賠償額を認定するもので、該当級は右認定の参考にすぎないことを、念のため明らかにしておく。)。

2  損害

(一) 治療費

甲第二号証の二によると、原告は、治療費(文書料)として金一万〇三〇〇円を負担したことが認められる。

(二) 入院雑費

1で認定した入院期間一九四日につき、一日あたり金一三〇〇円の割合による入院雑費を認めるのが相当であるから、入院雑費は、次の計算式により、金二五万二二〇〇円である。

計算式 1,300×194=252,200

(三) 通院交通費

弁論の全趣旨によると、原告は、通院のための交通費として片道金二一〇円を要したことが認められ、1で認定したとおり、実通院日数は二〇五日だから、通院交通費は、次の計算式により、金八万六一〇〇円である。

計算式 210×2×205=86,100

(四) 休業損害

甲第四号証の二によると、原告は、有限会社栄光園芸に造園工として勤務しており、本件事故前の平成二年九月から一一月までの三月間(九一日間)に、金六二万九〇〇〇円の収入を得ていたことが認められる。

また、同証によると、原告は、本件事故により、平成二年一二月一七日から平成四年二月一八日まで(四二九日間)、同社を休業したことが認められ、1で認定した原告の入通院状況、傷害の部位、程度等によると、右休業は本件事故によるものであるというべきである。

したがつて、原告の休業損害は、次の計算式により、金二九六万五二八五円である(円未満切捨て。以下同様。)。

計算式 629,000×429/91=2,965,285

(五) 逸失利益

1で認定した原告の後遺障害によると、原告は、右休業期間末日の翌日である平成四年二月一九日から三年間、労働能力の五パーセントを喪失したとするのが相当である。

そして、(四)で認定した金額を逸失利益算定の基礎となるべき原告の収入とし、中間利息の控除は新ホフマン方式を採用すると(一年の新ホフマン係数は〇・九五二三、四年の新ホフマン係数は三・五六四三。なお、より正確には、一年三か月余り及び四年三か月余りの各期間にそれぞれ相当する新ホフマン係数を採用すべきであるが、これらの差と右採用した係数の差とは、後者がわずかに大きいもののほとんど変わらないため、右各係数を採用し、その違いは慰謝料認定の一事由にとどめることとする。)、原告の逸失利益の本件事故時の現価は、次の計算式により、金三二万九四九二円となる。

計算式 629,000×365/91×0.05×(3.5643-0.9523)=329,492

(六) 慰謝料

右認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、後遺障害の内容、逸失利益算定の際の中間利息控除の誤差等、本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、原告の慰謝料を、合計金三〇〇万円とするのが相当である。

(七) 小計

(一) ないし(六)の合計は金六六四万三三七七円である。

3  過失相殺

争点2に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する原告の過失の割合を二五パーセントとするのが相当であるから、右損害合計から、過失相殺として、二五パーセントを控除することとする。

したがつて、過失相殺後の損害は、次の計算式により、金四九八万二五三二円となる。

計算式 6,643,377×(1-0.25)=4,982,532

4  損益相殺

原告が、労働者災害補償保険の休業補償給付として金一八八万二九八一円、同保険の後遺障害一時金給付として金一〇六万六五七二円、以上合計金二九四万九五五三円を受領したことは当事者間に争いがない。

したがつて、右金額を損益相殺として控除すると、控除後の金額は、金二〇三万二九七九円である。

5  弁護士費用

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告が負担すべき弁護士費用を、金二〇万円とするのが相当である。

第四結論

よつて、原告の請求は主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例